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  • Karin Shimoo

言葉の限界と可能性


「鼻が折られた日」


ひらがな全50音が

フルマラソンに挑んだ

「ひ」はその丸みをバネに跳ね

二足歩行を凌駕した「い」はスタスタ

珍しく「ん」も参加した

マラソン主催者の私

誰が先にゴールするかな

ワクワクがどんどん倍増していく

結果は全参加者のリタイア

誰一人ゴールに届かず

私はゴールテープを片付けた



秒速でメッセージが飛び交う今の時代、一つ一つ言葉のチョイスをじっくり考えられる時間があまりない気がする。


瞬時に!今!返信しなければ!


そういうことが求められている今、焦りでうっかり選んでしまった言葉が、画面の向こうのあの人を傷つけているかもしれない。私も「こういう風に伝えたいねんな〜」と思いながら、はたしてこちらのノリが伝わるのかが不安になり、結局、沈黙を選ぶというなんともムズムズする行動を今まで何度も繰り返したことがある。

「なんだか、向こうの返信時間が遅い…私なんかまずい事言ったかな?」

「うーん、これどうやって上手く伝えよう…あとでいいか」

「あっ、やばい、二日経っちゃった」


何かを書くことには割りと昔から自信があった私だけど、こういう時、自分の言葉の限界に鼻が折られてしまう。

急に話が180度変わるが、先日私が大好きだった祖母が亡くなった。祖母はその一生を通して、私に「言葉の可能性」を教えてくれた人だった。誕生日や学年の進級ごとに祖母は私に手紙を送ってくれた。祖母からもらう手紙の上では、文字は滑らかに流れ、華麗にステップを踏んだ。まるで文字の舞踏会に招かれているような気分にさせてくれる手紙だった。流動する文字を指でなぞると、一生懸命手紙を書いてくれる祖母の姿や笑顔が浮かび上がってきた。

そして、祖母は詩人だった。彼女が書いた詩は地域の新聞の詩コーナーに何度も選出され、祖母はその新聞の切り抜きを丁寧に封筒に入れ、私に渡してくれた。幼い頃は正直それが何のためだったのかが分からなかったが、今となっては、彼女は自分が書いた詩を通して、彼女に映えて見えた世界を伝えてくれようとしていたのかなと想像できる。


秋を迎え入れる準備をするロンドンの街並み。

切るように寒い11月の風。無音の雪。

北陸の雄大な山々。お正月のみかん。

そして朝日と手を繋いで登場する春風。


祖母は、自分の身の回りの愛おしく感じる部分をそっと一つ一つ拾い、日常の隅々に隠された小さな輝きを自分の宝物にしていたのだ。

忙しい毎日に疲労してしまった時、私は祖母の手紙の山に戻ってくるようにしている。彼女が書き残してくれた言葉の中に埋もれていると、なんでこんなに苦い一日を過ごしてしまったんだろう、と思えるほど心に余裕が生まれる。手紙の向こうの祖母は、すごく楽しそうに手紙を書いてくれている。居なくなってしまった今も、私に元気をくれるのだから、やはり、言葉はすごい可能性を秘めているのだなと思う。

誰かから手紙やメッセージをもらったら嬉しい。何気ない日常報告でも。そんなの当たり前のことに聞こえるが、実際に自分が言葉の発信者になることを試みると、意外と難しいことだとわかる。忙しさゆえに、ついつい適当な言葉選びをしてしまう癖がついてしまい、伝えたい気持ちと発信している内容に大きな誤差が生じたりする。あるいは、面倒になり結局沈黙が訪れる。お互いが気づかないうちはまだいいが、チリツモで重なった誤差は、やがて大切な誰かとの溝を作る要因になりかねない。

私は祖母に教えてもらった言葉の可能性を、もっと自分の生活の中で発揮したいと思う。文字で残る言葉で誰かに何かを伝える時、それが長い間残るからこそ、伝えたいニュアンスが本当に伝わるのかどうかをじっくり考えたい。もちろん、忙しい毎日の中でそんな贅沢が許される時間は限られているかもしれないが、私はそれほどの時間をかけるに値するほど、言葉のチョイスで相手の一日が良い日になったり、あるいは最悪な日になったりするものだと思う。祖母に習い手紙を書くことを大切にしたり、読書を趣味にしたり、生活の中に少しでも言葉の交換や習得の時間を取り入れるように試みている。ボキャブラリーを広げ、色んな書き方を吸収することで、いつかの手紙で 「私はこう思っとるんや!」 とストレートに伝えることができる気がする。行き先が見えないボールよりも、軌道がわかりやすいボールの方が相手もキャッチしやすいだろう。

ビジネスメール文がテンプレ化され、年賀状を運ぶ郵便局員のカバンが年々軽くなり、LINEのスタンプで「ありがとう」が伝えられてしまう今、私たちがより頻繁に言葉の限界を感じてしまうのでないだろうか、と私は心配してしまう。そのうち、ディストピア小説みたいに言葉が意味を失い、会話が途絶え、沈黙が来る時が来てしまうかもしれない。瞬時に伝えることや効率良い情報の理解が重宝される時代の中で、たまにはじっくり言葉を選び、相手にちゃんと届くような文字のやり取りをする時間を作ることが大切だと思う。




編集 Emiru Okada

グラフィック Momoka Ando

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