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  • Shirinne Shimoji

私は「フル」な人間:ミックスとして生きる人生


「ハーフ」として育った私は、いつもアイデンティティやルーツに対して疑問を抱いていた。まだ学生だった頃、よく周りの人に親の結婚や、食生活、家で会話する時の言語などについて聞かれたのを覚えてる。私の顔は白人と言えるほど白くはなくて、名字は日本の名前。要するに、私はいつもよそ者だった。

2019年に日本に帰国した時、私はようやく母国であり、思い入れがある日本でまた暮らすことができると思っていた。でも毎回日本人と話す時に、何か変な感じがした。どんな感じだったかというと、丁寧に私がみんなと違うということを指摘される感じ。イランにいた時にされた質問と同じ感じだったけれど、そこには大きな違いもあった。日本人のみんなは私をよそ者だと思っていて、いつか日本を離れて国に帰るべきだと。みんなは何故私が日本に来て、いつイランに帰るのかばかり聞いてきたから、よそ者は日本に住めない感じがしたし、日本人のみんなも私の居場所なんかないと思ってる気がした。

友達とご飯を食べる時も、箸をうまく使えて、納豆も食べられることをすごく驚かれた。

私の同僚でもある友達は、私の顔が日本人にしては外国人すぎると信じてた。言い換えると、彼らは私が充分な日本人ではないと思ってたということ。

何年もよそ者扱いをされてきて、私は本当に不完全な「ハーフ」と思うようになってしまった。ただ社会の一部として認められたいだけなのに。私は再び自分のアイデンティティに疑問を抱き始め、ただただ私は不充分で不完全な気がした。たまに「フル」な日本人になりたいと願ったこともあった。

何故日本人は私のことを「ハーフ」だとか「クオーター」と呼ぶのか解らなくて、私はずっと考えてた。みんなは私を不充分で不完全だと思ってるってこと?完全な日本人じゃなかったら何か問題があるってこと?時が経つにつれて、私はどこか攻撃的な言葉だと感じるようになって、これらの言葉を使う人を正すようになってた。

私は自分のことや、自分と似た境遇の人について話すようになっていた。日本にはルーツを、居場所を探しに来たけど、間違いだったから。本当はその人がどこから来て、どこに住んでいるかなんか関係なくて、みんなが自分自身に対して良く思うことが大事だと思う。もし仮に誰かがあなたのことを良く思ってないとしても、それはあなたが不完全だということではない。不完全で、「ハーフ」な人などこの世に存在しない。一人ずつ「フル」で「充分」な人間で、みんな美しいということを伝えたい。

About the Writer

私の名前はShirinne Shimojiです。私は1995年に横浜で日本人の父とイラン人の母の間に生まれました。5歳になった頃、母と私はイランへ帰り、テヘラン大学で日本語と文学を学びました。





翻訳 Mutsumi Ogaki

編集 Emiru Okada

グラフィック Ayumi White


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