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  • Karl Jason Calimag

第二次世界大戦を否定するいじめっ子たちへ

編集部からの注意書き:

この記事は、他の読者の方々が同意しないかもしれない経験が含まれています。




第二次世界大戦について言うべきではないこと



大昔のこと。忘れなよ。


日本はそんなことしていない。学校では習わなかった。


私たちがしたことじゃないんだから、どうして気にする必要があるの?



私の家族の戦争体験を話している時にこのような言葉を聞いて、どのように感じたと思いますか?これらは私が日本の大学で勉強していた時に、日本の学生から浴びせられた暴言です。


この記事では、彼らに知ってほしかったことを書きます。


私のティタ(おばさん)は、第二次世界大戦が開戦し爆弾が投下される一年前に生まれました。ジおばさんはフィリピンのビサヤ地方中心部に住んでいる、貧しい漁師の下に生まれた多くの子どもの一人です。日本人がフィリピンに現れた時、若き日のロロ、クリスおじいさんの人生と、ジおばさんの子ども時代の無邪気さはレイテ湾の底に沈みました。クリスおじいさんは、ロラ(おばあさん)の魚のスープや数ある手料理は食べず、ジおばさんは、おばあさんのカラフルな鍋を使わずに地下で調理されたご飯を塩だけで食べていました。


これが戦争の真の代償です。


ロロ、ロラ、ジおばさんが汗と涙と飢えの痛みで代償を払わなければならなかった理由は、彼らがモレノス(褐色の肌のフィリピン人)であったためにアメリカの占領者から頭が悪く、褐色の無知な子どもとして扱われたからです。調べてみてください。これは恩恵的同化といわれています。


日本によるフィリピンの占領において、恩恵的なことは何もありませんでした。フィリピン人は祖国への攻撃を決して許したり、軽視したりしませんでした。日々生き抜くこと自体が、抵抗の証です。私のおばさんは幸運な人の一人でした。日本の植民学校であるニッポンゴガッコウに行くには幼過ぎたからです。しかし、ティタはそう幸運ではありませんでした。初等教育が満足に受けられず、大人になってからも十分な教育を受けることが出来ず、中学校を卒業しただけでした。ティタの教育到達度の低さは第二次世界大戦の傷跡であり、彼女はそれから決して逃れることが出来ませんでした。彼女は私のように学帽を投げたり、校歌を歌ったり、卒業証書を受け取ることが出来ませんでした。


しかし、私は日本の大学で、ティタが出来なかった全てのことをしました。お腹に脂肪を蓄えるまでに大きく成長し、膨大な語彙と革のカバーに入った高校卒業証書を手にし、おばさんが夢見ていたことを代わりに自分が成し遂げようと思っていました。けれども、私は辛辣で無礼な目に遭いました。私は激怒し、気が狂いそうでした。反応する気にさえなれませんでした。もし反応していたら、停学、もしくは退学させられていたかもしれません。それくらい私の頭の中と握りしめた拳は、強い緊張状態にありました。


今は違います。


第二次世界大戦が大昔の事、というのは事実ではありません。私とおばさんは一世代しか離れておらず、両親が生活を支えるために共働きしていた時は、おばさんに面倒を見てもらっていました。彼女がどのように苦しんできたか、たくさんの話を聞きました。例えば、今でも血液がフラッシュバックを起こすきっかけだったり、日本を許すことが出来ずにいること、などです。戦争、特に第二次世界大戦レベルでの暴力を受け、自分の家が破壊されるのを見るという経験は、「ただ忘れる」事が出来ないトラウマです。恐怖から解放されることはありません。ジおばさんは、日本兵に襲われるのを避けるために教会に隠れていたことや、銃撃から逃れて森の中を走ったことについて、まるで一時間前の出来事のように話してくれました。夢の中でも同じような記憶に悩まされ、人生の後半にさしかかるまでよく眠ることが出来ませんでした。


これらはただの幻覚ではありません。全てが生きた経験で、疑うべくもない事実です。おばの足の傷や曲がった歯は、彼女の子ども時代の多動が原因で起こったわけではありません。ジおばさんの身体は爆発や銃撃、そして暴力の絶え間ない脅威が子どもに与える影響を示しています。


ジおばさんの存在は重要だし、時間や場所に関わらず、日本人が彼女に何をしたかも重要です。でなければ、あのような恐ろしい悲劇は繰り返されてしまいます。戦争の生存者の経験を否定することは、彼らのトラウマの原因を肯定するということです。つまり、暗黙の承認です。意図的であろうとなかろうと、無知であろうとわざと横柄であろうと、何かを気にかけないということは暴力的で危険です。本当に皮肉なことです。私達の大学のビジョンは「地球市民」を作ることでした。しかし、そうなるためには国際的な視点を理解し尊重することが必要です。日本人はその点を学ばなければいけません。私達は確かに日本人を理解しようと努力しています。どれだけのアニメファンがフィリピン人かということがそれを物語っています。


私は日本人を嫌っているわけではありません。しかし、日本人が私のおばさんや第二次世界大戦の多くの被害者にした行動についての彼らの見解には、激しく反対します。日本人の当時の行動を否認するという事は、暴力と戦争犯罪を黙認し、国際的な市民や相互尊重、そして倫理の考えに反します。いつかティタの経験のようなストーリーが、日本の大学でも語られることを願っています。



About the writer: カール・ジェイソン・カリマグはLABANマガジンというフィリピン系アメリカンの雑誌の編集者で、Bulag Bandit MediaというYouTubeチャンネルを始めました。ハワイ東海インターナショナルカレッジ(HTIIC)で平和学を学び、障がいがある人たちの権利援護やフィリピンの歴史及び文化、または広報について発信しています。 YouTube Instagram Twitter




翻訳 Mutsumi Ogaki

編集 Emiru Okada

グラフィック Ayumi White

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