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  • Zuhra Al Yarabi

コントゥア?そう、コントゥア


あるSNSプラットフォームでデザインされ生み出された、ボールド・グラマー(bold glamor)というフェイスフィルターがある。それに関する最近の議論と様々な憶測を受け、私はあるコスメが私のような人のためには無かった時代を思い出した。


私はちょうど美容業界、特にメイクに興味を持ち始めたところだった。きれいなカットクリース、くっきりとした眉、オーバーリップ、マットなリキッドリップ、カバー力の高いファンデーション、濃いコントゥアリングなど、数え上げればきりがないほど。「ボールド・グラマールック」を作るために必要なものは、コントゥアリングセットというアイテムを除けばそろっていた。そこである日、私は有名な化粧品店で、ある販売員に声をかけたーここでは彼女をヴィクトリアと呼ぼう。


私の記憶では、最初のやりとりはスムーズで簡単だった。しかし、それから私が「どんなコントゥアリングセットがおすすめですか?初心者なんです」と聞くと、 彼女は「あなたには必要ないと思いますよ」と答えた。そして、少ししてから私の顔をまじまじと観察し、「あなたの肌の色なら、コンシーラーとハイライトを塗るだけで十分だと思います」と付け足した。彼女の言葉を聞いてすぐ、私は少し不信感と戸惑いを覚えたが「ああ、そうですよね、確かに」と答えた。さらに気まずい間があり、彼女はこう切り出した。


「でも、あなたが買えそうな商品をいくつかお見せすることもできますよ」


その時、私の中で不信感と混乱が大きくなり、「何が起こってるの?私はコントゥアセットを使うには肌の色が濃すぎる?私と同じような肌の色のメイクアップアーティストで、コントゥアセットを使っている人はどうなの?私の何が違うというの?彼女は私には必要ないと言っておいて、他の選択肢ならあるというの?」と自問した。


時は2023年。

数えきれないほどのことが起こっている。私は自分のミニマムなメイクや、たまにする特別なイベント用のソフトグラムなメイクを気に入っている。自分の生まれつきの特徴や色の濃い肌も愛し、受け入れている。そして美容業界は、多様性、サステナビリティ、アクセシビリティ、インクルーシビティや、クリーンな製品を推し進めている。


そういった努力にも関わらず、私はまだどこかで化粧品店の販売員たちが、化粧や美容の初心者、特に有色人種の顧客に対して、ビクトリアが私にしたような態度で接しているのかどうか考えてしまう。なぜなら、人種差別の派生現象は私たちの間にずっとあり、もちろん他のものもあるけれど、美容業界では特にカラリズムとして表れているから。例えば有償のインフルエンサーマーケティングと、その受け手について考えてみてほしい。


すべての美容企業を一括りにしようとしているわけではなく、私は純粋に多くの人々に対応しているブランドには感謝している。しかし、美容系コンテンツのコメント欄では、コンテンツクリエイターの格差が浮き彫りになっていることに気づかざるを得ない。それは、「有色人種のクリエイターは、ヨーロッパ人の特徴を持つクリエイターに比べて、2倍、3倍の努力をしないと評価されない」というものだ。これは言い過ぎかもしれないが、有色人種のクリエイターは、美の基準を満たすために一層努力する必要がある、という印象を受けた。 

ここで、「化粧品店で、有色人種はそうでない人と違う扱いを受けているのか」という最初の疑念に戻る。美容業界は本当に変わってきているのだろうか?私たちは皆、同じ扱いを受けているのだろうか?


ヴィクトリアの発言はあくまでも提案だったのかもしれないが、果たして言う必要があったのだろうか?もっと違う言い方があったのではないか?


読者の皆さん、どう考えますか?




翻訳 Kyoko Itagaki

編集 Emiru Okada

グラフィック Momoka Ando

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