top of page
  • Ayaka Kimura

国の為に子供を産め。


「国の為に子供を産め。」

そう思わざるを得ないという文脈に、最近何度も出会うようになった。

新型コロナウィルスが及ぼした社会に押し寄せる不安の波、少子高齢化がほのめかす未来へ一発逆転、日本を危機的状態から救い、国家を繁栄に導けるのは偉大なる母の胎である!らしき発言がチラチラと耳に入る。このSFじみた展開は小松左京の小説でならあり得なくも無い状況だが、実は現代社会においても何の違和感もないらしい。歴史の授業で習った「産めよ、増やせよ」が時を越えて21世紀に蘇るとは、中学生の私は思いもしなかった。

そもそも企業業績やテレワークの文脈で語られる「生産性」を、女体を持つ者の中でもあったりなかったりする生殖能力に例えられても、不協和音が鳴り響くばかりだ。「女を大事に」「女が活躍できる社会に」って言っていたけど、それは膣と胎だけの話らしい。でも私の身体はベビー工場でも機械でもない。意志も魂も含め、主体性を持つ、一人の人間だ。

私に国を産めといえども、そもそも私を産んだのは国ではない。母の腹から、国のカケラも無ければ国家の「こ」の字も頭に無く、ただただ生きるために無我夢中に雄叫びをあげて出てきた者だ。そんな私が国を産めるはずがない。私たちに産めるはずがない。例え産んだとしても、その娘らが生まれ落ちる場所が国家への貢献を宿命として抱えざるを得ない国、世の中。そんな場所に、誰が命を産み落としたいと思うのか?


私の体は、私のためにある。それ以外の侵害や宿命なんか、捨ててやる。



About Ayaka Kimura

木村文香はフェミニズムと歴史に情熱を注ぐ、アメリカに住んでいる日系二世の大学生。性別、文化、法律の混合に興味があり、現在日本でジェンダーポリティクス(性差による政治)とフェミニスト運動について自主的に研究をしている。




翻訳 Ariel Tjeuw

編集 Emiru Okada

グラフィック Emily Mogami

Kommentarer


bottom of page