• Sanae Tani

よくやってるあたしたちへ


「女らしさ」とか「大人らしさ」みたいな呪縛から開放されたい。


 世に蔓延る様々な「○○らしさ」から解放されたい、と感じている人は、きっと沢山いると思う。でも、その呪縛から解放されたいと願う自分と、それを呪縛と思わずのびのびと謳歌する誰かをふと比べてしまった時、なんとも言えない後ろめたさを感じるのって私だけだろうか?別に誰に責められた訳でもないのに、もやもやと罪悪感が付き纏って、「ちゃんとできない私」と見つめあって落ち込んで、気が付いたら外が真っ暗になっていて、一日が終わる。


 私って、一生かかっても「ちゃんとした大人の女」になんてなれないのではなかろうか。


 私はずっと結婚願望が無くて、両親にも大学生ぐらいから正直にその気持ちを伝えてきた。結婚する気がなくてごめん。ちゃんと結婚できないと思うから先回りのごめん。このままいくと孫の顔も見せてあげられないと思う、ごめん。両親は笑って聞いていたけど、この前実は父親が心配しているのだと、「あの子は本当に結婚できないんじゃないか」と心配されているのだと知って、私に付き纏う罪悪感は今までにないほど膨れ上がった。他の誰でもなく私自身が結婚したくなくて、それを曲げるつもりもないくせに。心配されたからと言って安心させてあげるために結婚するつもりもないくせに。申し訳ないやら罪深いやら、またこうやって呪縛を呪縛と思ってしまって、私の身体は重くなる。


 ひとりで逞しく生きていると思っていた憧れの女性が、実は結婚していたと知った時、その人にも結婚制度にもなんの非も無いのに、なぜかほんの少しだけ裏切られた気持ちになる。それは結婚が女性を縛る呪縛だと思っている私と、そうは思っていない(あるいは思っていても、それ以上のメリットを感じている)人を私が勝手に比べて、また「ちゃんとできない私」と向き合わざるを得なかったからに過ぎない。そうやって比べてしまう私にも、またもやもやしてがっかりする。誰も私を責めてないのに勝手に罪悪感を感じたりして、あーあ、私はねじ曲がった女だな。


 20代も半ばになって、「30代までに買いたい名品リスト」みたいなファッション誌の特集が今まで以上に目につくようになった。”一生モノ”の腕時計やハイジュエリー、バッグ、そして大人の女にふさわしい、年を重ねても着られるベーシックで上質な服。世の中のちゃんとした20代女性は、こういうものを買いたいと思って、いつか買うんだろうか。こういうお金のかけ方ができたら、私も大人の女性になれるのだろうか。


 でも私の好きな洋服も欲しいバッグも、ひっくるめて好きなファッションの系統ってものが、そもそもそういう特集に載るものとは方向性が違っていたりする。だから仕方がないことなんだけど、同じ年頃の友人知人がそういう”一生モノ”のジュエリーやバッグなんかを手にしていたり、大人の女性らしい上質でベーシックな服を身にまとっているのを見ると、また勝手に私の心はざわつく。


 「どうしよう、この人は“ちゃんとした大人の女性らしさ”ってやつを身に着けている。」


 でも私は結局のところ、そういうジュエリーや腕時計を買うことは無いだろうし、きっといつまでも自分の好きな服やアクセサリーを買い続けて、いくつになっても髪をビビッドなオレンジに染めたりとかしちゃう。ファッションアイコンとして憧れている人たちも、いわゆる「ちゃんとした大人の女」的系統とは違う。それを変えるつもりは無いんだけど、20代も半ばを過ぎたら「ちゃんとした投資をしろ」って言われている気になる。ぐるぐるもやもや。どうやっても人はまず見た目で印象を左右されるんだから、ちゃんとした大人になるにはこういう投資が必要なんだろうなあ。


 ある日1冊の本に出逢った。山内マリコさんの『あたしたちよくやってる』。

 ショートストーリーとエッセイの両軸で進むその1冊の中には、私と同じようなぐるぐるもやもやを抱えている女の子たちがいた。なぁんだ、私だけじゃなかった。誰にも責められてないのに、何かを呪縛と思ってしまってそこから解放されたい自分。解放されるべく動いている自分。それに対して、罪悪感や後ろめたさを感じている自分。結局は、一度それを呪縛と思った時点で、よっぽどのことがなきゃ、それはずっと呪縛のままだということ。時には、呪縛に正しく従おうとする人と闘わなきゃいけないこともある。でもそんな自分を自分として認めてあげること。だってあたしよくやってるよ。もう十分よくやってる。これがあたしなんだからしょうがないよね。


 どうやったって、SNSを見ていたら「ちゃんとした」女の子たちが目について、無意識に自分と比較してぐるぐるしてしまう。無理矢理自己肯定感を上げようとしても、無理な時だってある。でも私はゆるやかに自分を認めて、今の自分にGOサインを出す呪文を知った。「あたしよくやってる」!同じような、もやもやぐるぐるを抱えている誰かにも言ってあげたい。「あたしたちよくやってるよ」と。


 好きなように生きることはとても苦しい。自分らしさを貫くのって難しくて、誰かと闘ったり、よく分からない後ろめたさを感じることもある。好きなように生きることで、誰かの期待に応えられなくて、応えられない自分に苦しむかもしれない。時にはあったはずの自信も、根こそぎ奪われる。でも無理して自分らしさを曲げる事の方が、きっともっと苦しい。だから今日も、私は私をゆるやかに肯定する。あたしよくやってる。



参考文献:

  • 山内マリコ 『あたしたちよくやってる』幻冬舎



編集 Emiru Okada

グラフィック Emily Mogami