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  • Emiru Okada

I Love Myself シリーズ #6:「アロマ・アセクな私」


親友と出会って5年目に突入した。


大学一年生の時に住んでいた寮で会って、専攻も同じ理系と言うこともあり意気投合した。夜遅くまで一緒に図書館で勉強したり、深夜まで映画を観て夜更かししたり。笑いのツボが同じで沈黙も耐えれるし、一緒にいるのが苦に感じない…そんな存在。


上記の様な説明をして、その親友が男性だと言うと必ず「それ親友じゃなくて彼氏じゃないの?」と言われる。クラスメイト、寮の子たち、友達、サークルの子たち、何度否定したことか。



「彼氏? いないよ」


高校生になっても、大学生になっても、社会人になった今でも、同じフレーズを言い続けている私。その理由として、「社交的じゃない」「交流の場に行こうとしない」と言う、私の性格的な問題がある。友達や知り合いは高校生の頃からたくさんいたけれど、付き合った人はいたことがない。


「彼氏いらないとか、できてから言ってくれる?」なんて笑いながら言ってくれる母は、こんな私のライフスタイルに肯定的だ。でも親戚と連絡を取ると、必ず付き合っている人がいるか聞かれていた。私自身、その質問に対して嫌気がさしたことはないし、「相変わらずだね〜」と言われても何も思っていなかった。付き合う人を欲していなかったから。


ドラマや映画を観て「彼氏欲しいな〜」と思っても、自分の好きなことをしたり友達と会って話したりするとそんな気持ちも忘れてしまうくらい、私の「彼氏が欲しい」と言う気持ちは浅く軽いものだった。


自分の考え方は捻くれているのか。

無意識のうちに出来ない自分が恥ずかしいのか。

本当はパートナーがいる人たちが羨ましいのか。


何度も自分に問いてみるけれど、心の底から恥ずかしくも羨ましくもなくて、なんとも言えない気持ちになった。逆に恥ずかしくも羨ましくも感じない自分は感情が欠如しているのか、なんて考えたりしたこともあった。


そんな私でも、恋愛ドラマを観てドキドキすることはある。何回も。

通りすがりの人、インフルエンサー、芸能人をカッコいいなと思うことはあっても、そこで止まる。10代の頃から母、友達、親友、色々な人に「人を好きになるってどんな気持ち?」と度々聞いてしまうくらい、私にとって恋愛感情というものは謎だ。友達に対する好きと、恋愛対象への好きの違いが分からない。



そんなある時、母が「恋せぬ二人」というドラマを観て、「もしかしてアロマンティック・アセクシャルなんじゃない?」と聞いてきた。


情報発信をしたり、こう言う活動をしているおかげで耳馴染みはあったものの、詳しくは分からなかった。でもドラマを観ているとちゃんと説明があり、主人公の周りにいる家族や職場の人からの理解がない場面が沢山あって、その中でも印象に残るセリフが二つあった。



「恋しない人間なんていない」


「愛のないセックスは理解できて、セックスのない愛は理解できないのか」



一つ目は、主人公の女性が職場の後輩に言われた言葉。聞いた彼女は気まずい表情を見せた。周りが「そうだよね〜」と共感する中、彼女は黙ったままだった姿が自分を見ている様だった。その人たちは悪気があって言ってるわけではないのは十分理解しているけれど、それでもこのフレーズを聞くと、「私は感情が欠落してるのかも」「恋愛ができない、したいと思ったことのない自分はどこか変なのかも」と感じさせる。


二つ目は、主人公が出会った同じくアロマンティック・アセクシャルの男性が言った言葉。

彼と主人公の女性が恋愛感情抜きで同棲しているのはおかしい、と言い放った主人公の元彼に向けていた。確かに、社会的にはアロマ・アセクに対する理解よりも、セフレの存在に対する理解の方があるかも、と思ったのを覚えている。


上記のセリフを聞いた時、どこか胸がホッとした。恋愛対象が一向に現れない自分がおかしいわけではなく、変わっているのでもなく、これも「普通」なのだと。私自身ハグをしたり、所謂ボディータッチが苦手なわけではなく、むしろ友達とはしたい派、それ故に複雑だ。キスをしたり、手を繋いだり、ハグをすることに抵抗はないが、性行為となるとどうも気持ち悪いと思ってしまう。


恋愛をすることや、誰かから好かれることが幸せと感じている人もいるし、その考え方を否定する気はない。でもだから同じように、私の幸せをパートナーの有無で決めてほしくない。自分の幸せくらい自分で決めたい。付き合っている人が居なくても大切な人たちは居るし、パートナーが居なくてもその人たちがいるだけで私は幸せだ。自信を持って言える。


「アロマンティック・アセクシャル」と言うカテゴリーが、私が抱いていたこの感情に名前をつけてくれた感じがした。今はこのセクシャリティで納得しているけど、数年後には変わっているかもしれない。でもそれでもいいと思う。知識を得て自分と向き合った上で変わったのなら、それは勘違いだったのではなく成長だと思うから。


友達を好きなのと誰かに恋愛感情を抱くのとの違いは分からないし、皆んなと同じ伝え方かは分からないけれど、「誰かを大事にする」と言う気持ちの伝え方は分かる。


だから私は今日も想いを伝えていこうと思う。私なりの方法で。



 

『I Love Myself』は…

日本がもっとインクルーシブ(包摂的)になるように。

誰もが自分の好きなように、自分に素直に生きれるように。

そして何よりも、ありのままの自分を愛せるように。

という様々な願いが込められているシリーズです。


著者 岡田笑瑠

グラフィック 窪田麻耶

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