• Mikka Bea

私たちはつながりを求める、それで大丈夫




一年前、私はまさにハリウッドドリームという暮らしをしていた。婚約者と猫と一緒に住んでいたアパートはとても広く快適で、オーガニック食品や無駄に高いコーヒーをよく口にしていた。友達とパーティーに行き過ぎていたけれど、ロサンゼルスの渋滞にはまりながらもバンドのリハーサル、写真撮影、録音セッションやミーティングと忙しくしていた。


おしゃれなカフェでバイトしながら、ビバリーヒルズにある華やかなPR・広告会社でインターンシップを始めて、一週間も経たないうちに世界が一変した。少なくともそんな気がした。私たちは、集団的にトラウマに近いものを経験しているといっても過言ではない。コロナ禍が原因で日常生活が直接的な影響を受けた、と感じるか否かには関わらず、最近は様々なことが今までとは違うはず。


コロナと自粛生活のせいで、今まで以上にメンタルヘルスに注目が集まっている。以前と違うのは、虚しさを埋めるための「忙しい社会生活と終わりなき娯楽」と言う名のベールがないこと。世界的なパンデミックに伴い、人々は変化に対応しようとしている。緊急事態宣言が再び世界中で出され、ステイホームの声に多くの人が通常よりも不安に感じるのは、私たちの多くが最初のステイホームの経験から回復しきっていないから。私が今住んでいる市を含め、多くの場所で日常生活が戻ることはありませんでした。


冬の真っ只中、私の好きな屋外での活動が出来なくなり、家にこもりインターネットとテレビを永遠に行ったり来たり。それはまるで身の毛もよだつようなホラー映画を見ながらも、目を逸らすことが出来ないような感じ。日本では自殺率が上がり、ブラジルでは女性と子どもに対する暴力犯罪が増え、アメリカでは焦燥感が世間一般に広がり、暴力的な爆発・爆撃、さらには国会議事堂への侵入にもつながった。家族に電話をかけたり友達を気にかけるのも、何の役にも立たないように感じる。あと何回心に思ってもない「私は大丈夫。」と言えるだろう。


世界中で大いに苦しんでいる人達がいる。ソーシャルディスタンスを守る人は他人との触れ合いを求め、そうでない人は他人から敬遠されている。コロナの存在を信じるかどうかに関わらず、自分の感情のコントロールがきちんと出来ているふりをするのは難しい。


ニュースではこのコロナ自粛期間中に、子どもたちを含め人々の間で鬱や不安障害が大幅に増加したと報道している。友達と毎日サッカーをしたり、学校に通ったり、週末には沢山の友達と遊んでいた8歳の甥っ子の経験を、私は想像することしかできない。現在、彼は小さなアパートと父親の家を交互に行き来し、2歳の妹と遊んではいるがとても退屈みたいだ。幸いなことに彼の両親はアスリートなので、彼と一緒にアクティブに遊ぶことが出来る。しかし、障がいを持つ親や仕事が忙しいせいで子どもとの時間を持てない親たちは、どうすればいいのだろう?そう考えると、どうしようもない気持ちになってくる。


鬱や不安障害は別として、自分の周りを見回すと終わりのない孤独が見える。母の目には子どもや孫と離れて暮らしていることへの悲しみが、そして父の目には自己免疫疾患を持っているがために、小さなアパートに閉じこもらなければいけない苦しみが見える。信じようが信じまいが、このような孤独が最近の不安障害や鬱への増加につながっている。


人々がしきりに表現している怒りや不安?私が思うにそれは、今までの日常が崩れ、人との繋がりを失ったことへの深い悲しみを意味していると思う。コロナで身近な人を失った人の悲しみを想像するのは簡単だが、それ以外の何かも私たちの他者との繋がりに悪影響を及ぼしている。


最近、どれだけ多くの人が繋がりを失ったんだろう?


少し考えてみてほしい。この状況のせいであなたは友達を失いましたか?私が聞きたいのは、周りの人とコミュニケーションを取る上で問題が起こったり、コロナに対する考えの違いで誰かにイライラした経験があるか、ということ。政治や社会問題について誰かと言い争いになることが、いつもより多いと感じたことは?怒りを覚えるような出来事は最近沢山あるかもしれないが、この突然の静寂からくる怒りを無視することは出来ない。


私は両親の家で暮らし、屋外のスペースも持っていて、家の中でも十分にプライバシーがある、という特権を持っている。そんな私でも、何をして、何を見ればいいのか考えつくのに苦労することがよくある。テレビ番組は沢山あるが、興味をそそられるものは限られている。私はクリエイター、そしてアーティストでもあり、自分の人生の経験そのものが活動の原動力になっている。座って書く作業をしていると、同じ気持ちについて何度も書いていることに気づく。音楽はあまり魅力的ではなくなってきている。書く歌はより良い日々求めているような内容ばかりで、その希望は私の心には届かない。学べることは限られている。運動できる量も限られている。退屈しているから、と言って友達にいくらでも連絡出来るわけじゃない。私が今欲しいのは触れ合い、繋がり、そして誰かの存在。しばらく会えていない友達からのハグ。恋人の匂い。友達がバーでバカな事しているのを見て、腹を抱えて笑うこと。


多くの人が、「強さ」というのはあらゆる困難にも笑顔で絶えて、何事もないかのように振る舞うことだと思っている。レジリエンス(困難な状況に柔軟に対応する能力)と我慢強さが大切だと強く信じている私ではあるが、それでも人との繋がりは不可欠であると認めざるを得ない。


私たちの心の傷を治す始めの一歩は、自分たちが何を欲しているのか認めること。この長い冬(北半球では)、もしくは火傷しそうな夏(南半球では)をやり過ごすためには、私たち全員には人それぞれ、心の奥底から必要とするものがあるということを、理解しなければいけいない。


ここ最近の出来事によって、私たちは自分の心と向き合わなければいけなくなっている。これは心地よいことでも楽しいことでもない。もしもあなたが自分の心と向き合うのに苦労していたとしても、そう感じている人は他にもいるので大丈夫。メンタルヘルスの先生やスピリチュアルリーダーの「その苦労は素晴らしい経験であり、乗り越えることであなたがより強くなれる」と言う言葉が全て真実とは限らない。私たちは人間なのだから、一度にすべての困難に立ち向かわなくても大丈夫。


まず最初の一歩として、この様な非常事態の中で大丈夫じゃなくて大丈夫、ということを認識してほしい。


矛盾する考えや行動を一致させるのは難しい。私たちは人との接触を避けなければいけないが、多くの人が公共の場で働き、絶え間ない感染の恐怖に晒されている。一方で、何も恐れることなく人が密集している場所に行く人たちもいる。おそらく、彼らはまだ怒りの段階にいて、悲しみの存在を否定しているのだろう。その理由が何であろうと、私の脳はまるでパラレルワールドで起こっていることかのように認識している。私は彼らの自己中心さを非難し、怒鳴りつけ、反抗し、怒りに泣き叫ぶが、心の奥底では(短い文章では表せないが)彼らを理解することも出来る。私もまた若くなりたいと思うことがある。私も太陽の光を顔に浴びて、声が出なくなるまでカラオケをしたい。私もステージに上がってみんなのために歌いたい。鏡の二面に見える二分した考えは、自分の心の中でありえない空想に迷い込んだ自分を映し出していて、そのことをよく考えながら、私は再び自分自身を取り戻して生きようとしている。


人間の経験というものはとても複雑だ。生きるということは苦しむということ。それが人生の大部分を占めている。調子がいい日でもメンタルヘルスの問題と向き合うのは難しいのに、なぜこのような状況下で今まで以上に我慢したり、いつも以上に自分のメンタルヘルスと向き合おうとするのだろうか。


出来る限り責任をもってこの時を切り抜けるためには、医療専門家のガイドラインに沿って行動しなければならない。人の集まる場所を避け、マスクをつけ、ソーシャルディスタンスを行うこと。しかしこの時を最も健やかに過ごすためには、私たちにせまる霊や影に立ち向かわなければいけない。


私たちのメンタルヘルスを優先しなければならない。そのためには、多少なりとも自分を理解することが必要だ。自分の一番のトラウマを乗り越える時ではないかもしれないが、とりわけ自分に優しくなり、以下の質問を聞いてほしい。自分の心で痛むところはどこ?いま自分が本当にしんどいと思うことはなに?人によって答えは違うと思う。もしかしたら日によって答えが変わるかもしれない。もちろんそうで大丈夫。


セラピストや精神科医に行くことは全然普通のこと。むしろそれは素晴らしいことで、勇気のいることだと思う。私は最近再び精神科医に通い始め、受診できて嬉しく思う。日記帳や日記アプリに自分の感情を書き込むことも、とてもいいと思う。二分ほど瞑想をしてもいいし、たった一分の運動でもいい。友達に電話してどれだけ会いたいかと伝えるのもいいし、自分が成長出来て愛されていると感じるような趣味を始めるのもいい。


この状況の核心にあるのは、まさに育成だと思う。私たちがそれを認識しているかどうかに関わらず、私たちの友達、社会生活、仕事、そして日常生活が自らを育て、克服するということに繋がっています。


自分と向き合ってみてほしい。何が一番恋しい?何が一番欲しい?

この状況下で自分を不安にさせている理由は何?


それを悲しみ、慈しむ。そしてそれについて書いて、話して、向き合ってほしい!この状況を分析し、一見すると果てしなく続きそうな苦闘の存在を認めよう。傷を無視して外気にさらし汚れたままにすることで、どんどん悪化し手の施しようがなくなるかもしれない。これはメンタルヘルスも同じ。以前と比べて、自分の機嫌をとるために必要な全てのツールが容易く手に入るわけではないから、その部分を自分で埋めなければいけない。もしそれが難しいようなら、誰かに助けを求めるのも必要。


しかし泣いたり、じっくり考えたりする機会を自分自身に与えなければ、助けを求めるのは実際とても難しい。


Mikkaが学んだこと:

  • 歌手そして表現者として、ステージがとても恋しい。だから今は毎日家でダンスをしている。上手ではないけど、そんなことは気にしいない。実際にステージに立っているつもりで、楽しみながら運動している!

  • お菓子作りにも挑戦した。でも失敗した。何回も。だから諦めてしまった。まあ、それでも大丈夫。失敗して諦めるのも全然アリ!実は自分が下手で仕方がないことでも、楽しめるっていうことを学んだ。例えば、私は絵を描くのがすごく下手だけど、それでもかまわず絵を描く!

  • 私はとても短気。自分の行動に責任をもつために、もし自分がイライラしている時は何故かを周りの人に説明するように努力している。

  • 誰かと一緒に時間を過ごさないといけないと感じた時は、友達や家族に伝えるということを学んだ。孤独だと伝えるのは最初は信じられないほど変な感じだったけど、しばらくすると慣れてきた。


もしあなたが今苦しんでいるなら、助けを求めてほしい。愚痴を言ってすっきりしたいなら、いつでも私に(starlightmikka@gmail.com)連絡して!



参考:


イラスト Mikka Bea

翻訳 Mutsumi Ogaki

編集 Emiru Okada


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