• Lara Franco

1999年生まれ21歳の私の憂鬱


気付けば三月も終わりに近づいて来て、桜の蕾がほんのりピンクに膨らんでいるのを見かけたり、日中の暖かい日差しを身体中に浴びていると春の訪れを感じる、今日この頃。

例年の私であれば、この季節には「そろそろクローゼットから春色のワンピースを引っ張り出さないとなぁ」とか、「そろそろ裸足でヒールを履いても良い季節かなぁ」など、浮かれたことばかりを考えている。

だけど、今年は何故かそうはいかない。三月に入ったあたりから、胸がザワザワして止まないのだ。夜中にハッと目を覚ましたり、大好きな彼とのデート中でも、ふとした瞬間に憂鬱な気分が襲ってくることがある。なんなら今この文章を書いている最中だって、何故か心が落ち着かない。花を愛でたり、桜の開花を心待ちにする余裕が、今の私には無い。春の訪れを心から喜べないのは非常に辛い。



この感情の原因が何かは、大体見当がついている。それは花粉症でもなく、ダイエットをしているつもりなのに全く体重が落ちないことでもない。就職活動だ。1999年、2000年生まれの人達なら共感してくれる人もいるのではないだろうか。どうやら三月から正式に就職活動が開始されたらしい。



大学生になりたての頃、友人が私達もいつかこんな風になるんだよ、と言いたげに「就活狂想曲」と言う動画を見せてくれた。動画の内容は、「ごく普通の大学生として何となく過ごしてきた主人公。ところが近頃友人たちの様子がおかしい。聞けば、彼らは噂(うわさ)の“就活“に躍起になっているらしい。それが一体どのようなものなのか見極められぬまま、主人公もまた『ニッポン式就活』の渦中へと引きずり込まれて行く」(youtubeの説明文の引用)といったもので、主人公が自分と周囲の人との差に焦り、内定欲しさに自分のアイデンティティーと精神をすり減らしていく様子が、気味の悪いホラー映画のようにさえ思えた。だけど正直、自分には全く無関係な話だと思っていた。だけど今、時期的にどうやら自分の番らしい。確かに、最近電車に乗っていると、リクルートスーツを着て仲間となにやら深刻そうな話をしている、中学時代の同級生をよく見かける。(そんな時、私は大体ショッピングやデートなどの理由で電車に乗っているので、極力見つからないように身を潜める。)就活が他人事でないと言う噂は事実のようだ。


だけど正直、私がリクルートスーツやひっつめ髪、そもそもシステム化されすぎた就活プロセスに上手く順応出来る気が全くしないのだ。それでもやっぱり、大学のキャリアセンターから配られた就活マナーブックの身だしなみ欄には、スカートの長さやメイクの決まり、「髪の色は黒以外NG」などの記述があるし、毎日のようにキャリアセンターからメールが届いて、大変ストレスがたまる。(登録したことを心底後悔している。)新卒で就職出来なければ落ちこぼれ組、というレッテルが貼られたり、様々な形の就職活動があるはずなのに、システム化されたものしか教わらない。そもそも、このシステムに順応する必要があるのだろうか?仮に自分のアイデンティティーを無視して偽りの姿で内定をもらえたとして、そんな会社で上手くやっていけるのだろうか?長続きするのだろうか?三月に入ってからというもの、ずっとこんなことばかりを考えている。


ずっと考えてひとまず私が出した答えは、「自分なりの就活」をするということ。

これまでも、同調圧力に押しつぶされてしまいそうなことは何度かあったが、その度に私は自分なりに抗って来た。その経験から言えるのは、同調圧力に屈すことはそれに抗うよりも簡単で楽だけど、一度立ち止まって、それが本当に自分の望む道かを考えることが大切ということ。そしてどんなに大変でエネルギーを消耗しようと、自分を貫くことにはそれなりの価値があると言うこと。



参考文献:



グラフィック Emily Mogami

編集 Emiru Okada