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  • Kiana

私のその後 3: 私が闘い続ける恐怖


久しぶりにパニック発作が出てしまった。

数年前、私を襲った人たちの顔が見えてしまった。「またか。情けない」


東京の地下鉄。

私は事件後ずっと、いくつかの路線に乗ることができない。いくつかの特定の駅にも近づくことが怖い。

加害者の住んでいる沿線、事件当時に私が住んでいた街。どんなに新しいものができて見違えるように街が変わっても、私の中では同じ。永遠に近づけない怖い場所でしかない。


街にも、そこに住む人たちにもなんだか申し訳ないけど、どうしようもない。

事件のことを話していない友人からその沿線や近くで遊ぼうと誘われた時には、できるだけ違う提案をするか、断るしかない。とっても悲しいし悔しいけど、これが私が私を守れる最善策だから。


そうやって気をつけても、どうしても混雑した電車や街中で「彼らのような人」が見えてしまう時がある。全くの赤の他人が、彼らに見えてしまう。似たような背格好、似たような声のトーンや顔立ち、一度似ていると認識してしまうと、もう逃げたいという感情に支配される。冷静になるために、飲み物を飲んだり、ハンドクリームをつけて香りでリフレッシュしたり、どうにか対処法を身につけてきたつもりだ。


でも、それでその場の難を逃れても、夜にやっと眠りに落ちそうな時にフラッシュバックすることもある。なんてしつこくて悪質なトラウマだろう。



前職は外回りが多くて、どうしてもその乗りたくない路線や、近づきたくない駅に行かなくてはいけない時が何度もあった。

「じゃあ周りに相談したらいいじゃん?」と思うだろう。

違う。言えば楽になるものでもない。


「この人は、簡単にターゲットになってしまうような軽い女なんだ」とか、「そうやって女を盾にするような仕事に、情熱のないずる賢い人なんだ」とか思われたくない。ただでさえ、女性が不利な職場が多いのに。

逆に、むやみに気を遣われるのも疲れる。私は普通に生きたいだけなのに「この子はかわいそうだから守らないと」と気を遣われると、こちらにも伝わってくる。いつまでも被害者面していないといけない気がしてしまう。回復してはいけない感じがする。


分かりやすく例えるなら、生理休暇を取りたいと周りに伝えた時をイメージしてほしい。

生理の経験がない人は、話を聞いて判断する上司側だと思ってイメージして。


そもそも自分のとても個人的な、生理が重いという事情を話すことに抵抗がない人は少ないと思う。これがまず一つ目のハードル。

そして、言ってみたら期待していた優しい反応ではなくて、「そうやって生理を言い訳に毎月休むのか」と捉えられて、勝手に失望されたり、ネガティブなイメージを持たれることもある。

あるいは逆に、「え、大丈夫?病院に行ってもいいんだからね。辛い時は他の先輩に仕事代わってもらえるように話を通しておこうか?」と、過干渉されるのもちょっと疲れるでしょう?「それは大丈夫。必要なら自分で話すし、できることもあるから」ってちょっと思うよね?


まさにこんな感じ。


だから私は、事件のことを話す相手をとても慎重に選ぶ。

生理と同じで、経験しないと想像できない部分が多いから仕方ないけど、正直話すだけでも膨大なエネルギーを使って疲れる。新しく誰かに事件のことを話した日は、お風呂に浸かって、いつもは使わない特別な日用のパックをして、寝る前にアイスを食べたい。それくらい自分を労わらないと、次の日に何もできなくなるくらい精神的に疲れる。


相手が話を聞いてどんな反応をして何を言うのか、良い方向で想像していた期待を裏切られるのはもちろん辛いし、想像通りの反応をさせてしまっても、それはそれで相手に負担をかけてしまったようで、違う意味で辛い。


もちろん一生懸命に話を聞いてくれたことには本当に感謝しているし、そんな人と友人でいられて自分は幸せ者だなと思えるのだけど、同時に負担を分け合わなくても済んだ人に無理やり私の悲しい記憶を押し付けてしまった気分になる。


だから私はできるだけ恐怖を飲み込んできてしまった。


街中でいちいち友人に、男性に後ろにいられるのが怖いからエスカレーターは先に乗らせてほしいなんて言えない。

電車に乗る時は座席に座るか、そうでなければすぐに外に出られるようにドアの近くに立ちたいなんて言えない。

向こうに見える男性が、加害者に似ていて怖いから席を代わってほしいなんて言えない。

それだけ深刻なのかと思われたくない。


こうやって日々飲み込んできた恐怖が、たまにパニック発作として現れているのかもしれない。


私もまだ、この毎日の小さな恐怖との上手な付き合い方は分かっていないけれど、人の気持ちは伝えないと分からないから、やっぱり私は伝える努力をしていきたい。


何年経っても怖いということを、何年経っても私はトラウマの渦の中で恐怖から回復につながる螺旋階段を行き来していることを、私にとって快適な「書く」という方法で伝えたい。


同じような怖い経験をした全員を代表することはできないけれど、小さな私の発信や、他の誰かの発信と積み重なって、みんながなんとなく気持ちを想像できるものになっていったらいいなと思うから。


怖い経験をしたと知っただけで、周りの人が自然とそのトリガーになることをしなくて済むような、そんな共通認識ができていったらいいなと思う。


点字ブロックの上にモノを置いたら視覚障害のある人に迷惑だから避けようとか、

妊婦さんのつけているキーチェーンが目に入ったら電車で座席を譲ろうとか、

生理が重くて休みたいという人がいれば、何も言わずに休ませようとか、そういう感じ。


性暴力の被害に遭ったことがあると「サバイバー」の誰かからカミングアウトされたら、きっと怖いものや状況があるんだろうなと、なんとなく想像してくれたらとてもありがたい。もしその怖いものを教えてくれる関係性が築けたなら、それはもう120点満点だ。


周りの人が「恐怖から守ってあげる」必要はないけど、恐怖を感じるものが存在しているかもしれないと想像してくれたら、私たちはもっと早く、前を向いて自然に歩み出せるのかもしれない。




著者 Kiana

編集 岡田笑瑠

グラフィック 大野蓮

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